【発達障害コラム:少しの想像 最終回】進化のプロセスから読み書きの能力を考えると…
私は横浜市青葉区で発達に課題を抱えている人たちのための 学習センター を運営しています。[開く]
卒業式・卒園式の季節になりました。そして、もうすぐ入学式ですね。小学校に入学する前の生徒さんは、自分の名前や身の回りの物に氏名が書けるように練習しているかもしれません。もちろん学校に入ってから、しっかり練習するのも良いでしょう。
発達障害には、「自閉症スペクトラム障害」「注意欠如多動性障害」「学習障害」の3つがあります。この中で今回は、読み書きに困難が生じる学習障害について考えてみたいと思います。
文部科学省は、学習障害を
「基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。
学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない」
と定義しています。
そして学習障害はさらに、
- 文章や文字の読みに困難がある「読字障害(ディスレクシア)」
- 文章や文字の書きに困難がある「書字表出障害(ディスグラフィア)」
- 計算や推論に困難がある「算数障害(ディスカリキュリア)」
の3つのタイプに分かれるとされていますが、私の経験では読字障害と書字表出障害の混合タイプが多いような気がしています。
読字障害の人はまったく文字が読めないわけではありません。私の教室では
- スムーズにスピードを上げて読むことができない
- 読んでいる途中で詰まってしまう
- 単語を一文字一文字区切って読む
- 「い」と「こ」や「ち」と「う」などを混同して読んだり書いたりしてしまう
- 平仮名は読めるけれど漢字が読めない、逆に、漢字ならなんとなく分かるけれど平仮名は分からない
- 「しゃ」や「ちゃ」、「しゅ」、「きょ」などの拗音だけが読めない、または書けない
という生徒さんが多いです。
人が言葉を聞くとき、主に左脳が活動しています。聞いた言葉は「聴覚野」に届き、「ウェルニッケ野」と「ブローカ野」という「言語野」で言葉の意味が理解されます。
これに対して、目から入った文字情報は「視覚野」に届き、脳の他の場所へ送られて文字の形が認識され、その後、さらにまた別の部位で音の情報に変換された後に「言語野」で処理される、と考えられています。つまり文字は音声と比べて、極めて複雑なプロセスを経て意味が理解されているのです。
諸説ありますが、紀元前3500年頃のメソポタミア文明において、人類史上最初の文字「シュメール文字」が開発されました。つまり、人が文字を使い始めたのは約5000年前からで、これは人類の歴史という観点から考えれば、つい最近ということになります。
一方で、言葉を聞くときに必要な「ブローカ野」は、190万年前の人類の脳にも見られるそうです。
進化のプロセスから考えて、人の脳には文字を読む能力はもともと備わっていないという研究者もいます。私たちは脳のあらゆる部分を総動員して、なんとか文字を読んでいるにすぎないのかもしれません。
そう考えると、読み書きはスポーツや楽器の演奏と似ています。さまざまな脳の機能を使って、適切な行動ができるように訓練し身に付けなければなりません。さらに、読み書きは人類にとって必須な能力ではなかったために、その習得に個人差が多いのでしょう。
読み書きが脳のあらゆる部分を使っているならば、すべての感覚器官を総動員して読み書きに必要な脳のつながりを強化する、ということが必要になります。
これは、以前の記事「【発達障害コラム:少しの想像 03】それはまるで壊れたロボットのよう…。」で紹介したことともつながります。
人には誰でも得意、不得意があります。同じように、脳にも得意なこと不得意なことがあります。読み書きが苦手なのは、習得の方法が違うだけなのかもしれません。できないのではないのではなく、やり方が違うだけなのです。
だから私たちは、子供をよく観察し、漢字の書き取りや音読など読み書きをただひたすらトレーニングするのではなく五感を使った活動の中で学べるように工夫することが必要だと思うのです。
(【参考文献】『NHKスペシャル病の起源〈2〉読字障害/糖尿病/アレルギー』(2009年, NHK出版))