自分がもう助からないと分かったら、あなたは誰かのために臓器を提供したいですか?したくないですか?また、大切な人が臓器を提供したいと言ったら、その意思を尊重できますか?

10月28日にMELONDIAあざみ野で開催された市民公開講座「善意の臓器提供意思を生かすために」は、参加者一人ひとりがこれらの問いについて考える機会となりました。「臓器提供」「臓器移植」と聞いて「脳死は人の死か」「臓器提供は是か否か」という議論を連想する人もいるかもしれません。しかしこの講座を受講して私は、臓器提供は「自分らしい生き方の意思表示」に関わることだと感じました。

■家族の意を汲んだ臓器移植で

この講座は、神奈川県内の救急病院と移植施設の医療従事者の勉強の場として2008年に設立した「臓器提供・移植を考える神奈川の会」が、一般市民にも臓器提供や移植について知ってもらおうと2010年から開催している市民公開講座です。

第一部では、横浜総合病院(横浜市青葉区)の院長 平元周(まこと)氏から「臓器移植法施行20年を経過して ~過去から現在、そして未来へ」と題した講演がありました。平元先生は本会の代表世話人であり、脳神経外科医として脳死患者の臓器提供に長年かかわっていらっしゃいます。

平元先生は1992~1993年にかけて、同院で4人の脳死患者の家族から腎臓提供の承諾を得て移植手術を実施したそうです。「助からない状態になったら誰かのために臓器を提供したいと思う人は日本にもたくさんいる。この事実を救急医療の現場にももっと知って欲しい」との思いから、1994年に移植手術の事実を学会で発表。すぐさまマスコミの激しい批判に晒され、「殺人罪で告発」という見出しが紙面を飾る事態に陥りました。

日本初の臓器移植は、平元先生が行なったよりも20数年前、1968年のことです。しかし患者が89日後に死亡したことで問題が噴出。そのため日本の臓器移植はなかなか進まず、1990年にようやく「臨時脳死及び臓器移植調査会(脳死臨調)」が設置されて議論が始まり、臓器移植法(臓器の移植に関する法律)が施行されたのは1997年。つまり平元先生が移植手術を行なったのは、臓器移植法の施行前でした。

■医師が患者の最後にできることは

平元先生が患者・家族からの善意の臓器提供に応えるようになった背景には、研修医時代の救急医療の現場で「医療には不確実性と限界がある」という壁に直面したことがありました。「助かる可能性がないのに、ただ管だらけで生かされている。こんな人生の最後は決して幸せな形ではない。絶対に救命できない患者、そして悲しみの中にいる家族に、医師として最後にできることはないか。家族が死を許容し、治療に納得して死を迎えられるような看取りの医療ができないか」── 平元先生はずっと考えていたそうです。

写真週刊誌に追いかけられる状況下になっても、平元先生は「間違ったことをしたと認める訳にはいかない。そんなことをしたら、共に取り組んできた医師や、自分を信じてくれている患者や家族に申し訳が立たない」と、自らの信念を貫きました。そこには、豪雪に埋もれる北海道の利尻島で育ち、学園紛争の最中にある高校で生徒会長に立候補し、大学のラグビー部ではスクラムの最前列を務めるなど、常に培ってきた「不屈の精神」があったのかもしれません。

学会での発表から3週間後にも移植手術を実施。以来臓器移植医療は平元先生のライフワークとなり、横浜総合病院における臓器移植は1997年から2018年月末までで41件と、2位を大きく引き離す実績を持っています。

■善意の臓器提供を無駄にしないために

2010年に改正臓器移植法が施行され、本人が生前に臓器提供の意思を表示している場合に加え、本人の意思が不明な場合でも家族の承諾があれば臓器提供できるようになりました。また、脳死判定・臓器提供の年齢制限が撤廃され、15歳未満も脳死後の臓器提供が可能になったほか、親族への臓器の優先提供も認められ、運転免許証などに意思表示を記載できるようにもなりました。

にもかかわらず、この20年で臓器提供の件数はほとんど増えておらず、2018年も100件超えるかどうかという状況。諸外国の多くで脳死は人の死とされていますが、日本では脳死を人の死と認めるかどうかの政府の判断が避けられてきました。

平元先生は、「法律を見直し、現在の医療レベルで脳死を評価できる体制づくりを国と医学界が一緒になってつくりあげ、マスコミも臓器移植に対する話題提供を積極的に行なって欲しい」と提案。また、臓器提供施設基準を見直すことや、臓器移植コーディネーターの地位向上、臓器移植も含めた命の教育などの必要性も指摘しました。

■自分の思いを家族や周囲に意思表示しておくこと

取り組むべき課題は山積みですが、今すぐ誰にでもできる重要なことは「自分が臓器提供に対してどのように考えているかを意思表示していくこと」と平元先生は強調します。

内閣府の調査(※)によると、臓器提供の意思表示をしていた場合に家族が提供意思を尊重する割合は87.0%であるのに対し、臓器提供の意思表示をしていなかった場合に家族が提供を承諾する割合は38.6%。自ら意思表示しておくことで、残された家族の判断がかなりの割合で変わってくることが分かります。

あなたは、脳死後および心臓が停止した死後のいずれでも臓器を提供するのか、心臓が停止した場合に限り提供するのか、提供したくない臓器(心臓・肺・肝臓・腎臓・脾臓・小腸・眼球)はあるのか、あるいは一切提供しないのか。このいずれかの意思を表示することで、自らの意思を尊重してもらえるとともに、家族が思い悩む負荷を軽減できます。

(※)
臓器移植に関する世論調査査』(平成25年内閣府実施)
調査時期 :平成25年8月22日~9月1日(調査員による個別面接聴取)
調査対象 :20歳以上の国民3,000人
有効回収数:1,855人(回収率 61.8%)
 

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■脳死患者家族の思い「たとえ体の一部であっても生きて欲しい」
■脳死患者家族の思い「人生の長短はあれ息子はしっかり生きた」
■学生にも届いた現場の医師や脳死患者家族の思い
■自分らしい生き方で最期を迎えよう
 

柏木 由美子

かしわぎゆみこ(編集長)
システムエンジニアを経て技術書籍や企業Webサイトの制作に従事。その後フリーランスに転向し、現在は兼業主婦としてIT企業を中心に取材・執筆を行う。地域活動として現在、通所介護(デイサービス)でのボランティアや、身近な自然をフィールドとしたイベントを企画運営する「かわもりあおば」、および定年退職後の地域参加をサポートする 「ボーイズクラブ」に参加。


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