【人物図鑑 13】小池 雅志さん – 旨味を引き出す力は研究熱心な技術者の技
東急田園都市線市が尾駅から歩いて7分ほど、R246号線を渡った市が尾商店街の中程にある唐揚げのお店「しあわせ」。8月は連日猛暑日でしたがこの日は風が涼しく、お昼のお弁当を購入するお客様がひと段落する休憩時間に伺いました。
今回ご登場いただくのは、田中技巧代表 田中達明さんからのご紹介、唐揚げ専門店 しあわせ代表 小池雅志(こいけまさし)さんです。田中さんは小池さんの唐揚げ店「しあわせ」の常連で、「とてもおいしいのでぜひ」とご紹介いただきました。お店の奥は厨房になっています。お店の外には、揚げ立ての唐揚げを待つお客様のために椅子が置いてあります。その椅子をお借りして、人物図鑑史上初めて、青空対談スタイルでお話を伺いました。
◆お腹を満たし、エネルギーをチャージする最強アイテム
部活動帰りの高校生男子2人が、学生さん限定のサイドメニュー「ポテから」を4つ注文しています。「僕たち学生ですから、頼むのはポテからです」。お惣菜が学生の味方なのは、いつの時代も変わらないようです。店頭にさらに2名が合流して揚げ立てを受け取り、テイクアウトの袋に添えられた竹串でさっそく頬張っています。「うんまっ!」
「テイクアウトのお弁当は揚げた後じっくり火が肉の中に通っていくのですが、学生さんはすぐに食べ始めますからね、火の通りを調整します」。目を細めてちょっと嬉しそうに、店頭で注文を受けたその場で対応する手加減を話してくださいました。
◆厳しい競技の世界で鍛えた身体
小池さんの高校生時代はどんな生活だったのでしょうか。
強豪自転車競技部のある公立高校に進学を決めたのは、自転車競技の中野浩一選手が大活躍した時代。幼少の頃からスポーツが得意だった上に、全国各地から集まったメンバーと切磋琢磨して練習に明け暮れ、充分に身体と精神力は鍛えられていきました。その矢先、落車による怪我に見舞われ、層の厚い部員たちの中で、スピードとパワーが必要な自転車競技の活動に距離を置かざるを得なくなりました。
◆粘るチカラとトライすること
そんな折、同校の電子工学部の先生との出会いを経て、研究技術職として小池さんが仕事に就いたのは、日本電気株式会社。急速に生産台数が伸びていたパソコンや携帯電話に不可欠な、半導体やメモリなどの生産に関わるお仕事でした。各社が性能や機能に凌ぎを削る時代、設計されたものを量産化するためにプロセス技術者として勤務していた時期に鍛えられたのは「やってみなければ分からない」精神でした。
安定稼働している生産ラインに、更なる改善点を見つけ、疑問を持ち続けて改良を重ねていく日々。プロセス技術の知識を持ち、量産ラインに乗せる前の試験を何度も行ない、素材の変更や改良の大切さを部の内外に発信していくことが小池さんのお仕事でした。軌道に乗せていくために繰り返されるテストがあるからこそ、使い勝手の良い、安定・安全な製品が世の中に出荷されていくのですね。失敗や経験が仕事に反映され、諦めない努力や技術力を向上させる粘り強さ、そしてそれを現場で発揮する力はメキメキと頭角を現していきました。
◆独立を決める条件
名古屋、広島、三重など、他の会社に転籍しても半導体産業の発展に寄与した仕事の日々が続いた後、「台湾に渡って仕事をして欲しい」とオファーを受けた頃から、「ひとりで何かをやりたい」と職業を考え直すようになりました。
なぜ、「唐揚げ店」に決めたのですか?
「たとえば、ラーメン屋さんなど外に食べに行くのが『外食』で、家でご飯を作るのが内食(うちしょく)ですが、共働きが多くなるはずの今後、お惣菜を買って帰る『中食(なかしょく)』産業が大切だと思ったんです。好きな食べ物ランキングでは必ず4位以内に入る『唐揚げ』なら、皆を幸せにできると思うんです」
この唐揚げ1本に絞ったところの潔さは、この味で勝負していく、とマーケティング分析した自信が垣間見えたような気がしました。技術職からの転職としてはあまりに唐突ではないかと感じていたのですが、お答えはとても明瞭でした。
「この場所で唐揚げ店を開こうと思ったのは、厨房設備が整っていたからです。この土地に“つて”があったわけでもないのですが、子供の人口が多いところに店を構えようと思いました。皆が大好きな唐揚げを、仕事帰りに作り立てを買って帰れるお店。働く子育て世代の助けになれるといいな、と思ったんです」
なるほど。ご飯は炊けている。おかずがあったら、帰宅してすぐ食事の用意ができる安心感は、炊事担当の親も、食べる担当の子供たちもうれしいものです。「買って帰っちゃおうか~」。親子がお互いにっこり笑いあって決める、すぐに食べられる作戦。ジューシーで、間違いなく美味しい唐揚げを買いに来る光景が目に浮かびます。
◆探究心が生む美味しい味は実験の延長線上にある
出店を決め、メインとなる商品の構想・美味しくするための試作はどのようにして生まれたのか伺ってみました。鶏肉と何を合わせたら美味しくなるのか、思い浮かぶ材料項目条件の全てを書き出して試してみたとのこと。この研究は楽しくてたまらない、といった表情で話される様子は、試作をまるで科学の実験のように捉えていらっしゃるようでした。「そうです、実験ですね」。醤油もろみを取り寄せて特製ダレを作り、漬け込んで鶏の旨味を引き出していらっしゃるとのことですが、さらなる秘策も研究中なのかもしれません。
◆人と人をつなぐ間にあるものは、言葉とスポーツと美味いもの
若い方々に、何かアドバイスをいただくとしたら、どのようなことでしょうか?
「もっと私もやっておけばよかったな、と思うことは“言葉”ですね。製造業も、これからは外国人が雇用されることも増えてくるはずです。日本人だけの職場は残らないのではないかと思います。人と接する。自分をさらけ出して積極的にコミュニケーションをとっていくことが必要だと思います。それが相手に自分を分かってもらうことだと思います」
会社員時代は、社内の野球部やサッカーの練習や試合にも参加されたとのこと。「仕事だけではない方法でコミュニケーションを取ってきたことも、人との距離を縮めるには良かったのかもしれません。スポーツをする機会があれば一緒に汗を流すことで分かり合える、職場でもうまくいく関係をつくる力があったのかもしれませんね」と小池さん。
「『食べてしあわせ』。別の場所にも店舗を増やし、唐揚げを食べてもらって皆さんをしあわせにしたい。パン屋さんとのコラボレーションがあったら楽しいかもしれません。本当にこのあたりに知り合いがいないので、どうなっていくのか、分からないんですけどね」
今回の人物図鑑は、これからこの地域の方々とますますつながっていく可能性がある方に出会いました。市ケ尾町にお店を構えられて1年半。地元に暮らす私の友人は、小池さんの唐揚げの美味しさをもう知っていました。「お世話になっているのよ~。揚げ立てだしね。つい、買って帰っちゃう」
小池さんが持っていらっしゃる分析力としなやかでタフな力。これからは鶏肉とスパイスだけでなく、どのような業種と、どのような方とつながって、科学変化が起こるのでしょうか。とても楽しみです。
しあわせ 唐揚げのお店 横浜市青葉区市ケ尾町1626-213 045-875-6077 HP https://www.facebook.com/shiawasekaraage/ |
(この記事内の数値データ、組織名、役職名、製品・サービス内容等は、取材時の情報です。)