【レポート】村上龍さん講演会

2017年1月18日(水)、作家・村上龍さんの講演会「Ryu’s Talk ~ いつでも夢を」(主催:横浜市青葉区役所・横浜市山内図書館)が青葉公会堂で開催されました。

青葉区では読書活動推進事業の一環として、本に関わる著名人の講演会を年に一度開催しています。今年は、地域活動にも参加されている区内在住の村上龍さんの話が聞けるということで、平日開催にも関わらず、受付開始から半日で600人の定員に達する人気。当編集部の周りでも「行けなくて残念」という声がたくさん聞かれました。

「講演会」となっているものの、独演ではなく、来場者から募った質問を山内図書館の副館長・渡邊恵美子さんが紹介し、それに村上さんが回答するスタイル。しかし回答するというよりも、質問をきっかけに村上さんが独自の論点で話を展開していく、といったほうがいいですね。その話の中から、村上さんが何を価値と捉えているか、垣間見ることができました。


◆40年近く住む街

村上さんが都内から横浜市青葉区へ移り住んだのは、今から40年近く前、青葉区はまだなく、当時は緑区でした。妻の友人である建築士の紹介で決め、村上さんは現地を見ることなく話は進んだそうで、村上さん自身に青葉区への思い入れはなかった模様。デビュー作「限りなく透明に近いブルー」の印税を使い果たし、出版社に印税を前借りしながら「コインロッカー・ベイビーズ」を執筆していました。

青葉区の好きなところについても、村上さんは「住宅ローンがあると街を好きになるしかない」と言ってみたり、かつての同級生が話してくれた「どこの街や学校にも、1つくらい良いところがある。それを見つけて新しい場所を好きになる」という“転校生の論理”を紹介したりと、おそらく来場者が面喰う答え。しかし「そういうことは抜きにしても、青葉区はいい街です」という一言を最後に添えてくれました。

◆青葉区に住んで

横浜市青葉区は1980年代、「金妻(キンツマ)タウン」として有名になりましたが、村上さんの地元の付き合いは、ドラマのようなおしゃれな感じばかりではなかったようです。講演では、地元に古くから住む人たちと酒を酌み交わしたことや、勧められてハチの幼虫を食べたエピソードなどを披露しました。自ら努めて相手の関心事を共有する村上さんを、メディアを通しては知っていましたが、それは地元でも変わらないようです。

作家として大きな成功を収めると同時に、村上さんは父親になります。「小説が売れることも、家を建てることも、どんなことも敵(かな)わないのは、子供を授かること。そのことがどれほど価値のあることか分かった」という話も印象的でした。

現在は、故郷からお母様を呼び寄せて一緒に暮らしているとのこと。この講演にも村上さんと一緒に来て、最前列で聞いていました。「村上龍電子本製作所」のFacebookページを見ると、「父が亡くなったあと、母と同居し、いっしょに犬との散歩に行くようになって、季節感が以前と変わりました」という村上さんの投稿があります(2015年10月)。

◆失われていく価値あるものを伝えていく

村上さんは昨夏、「日本の伝統行事 Japanese Traditional Events」(講談社)を出しました。日本で暮らす人々が共通して体験してきた伝統行事を、村上さんの文章とその英訳文、そしてはまのゆかさん(『13歳のハローワーク』にも参加)の絵、各方面から集めた見事な写真の数々によって、紹介しています。またこの本には、村上さん選曲、坂本龍一さんプロデュースの童謡・唱歌集の音楽CDも付いています(ちなみに市内の図書館ではCD付きで貸し出し中)。「人の集まるところは好きじゃないから盆踊りは行かない」と言いながらも、村上さんは伝統行事に関する本を作った理由について話してくれました。

「私が子供の頃、近所の金持ちの家に豪華なお雛様が飾られているのを見ても、誰も羨ましがらなかった。そんなことよりも、みんなが健康でいられることや、子供の成長が大事だった。しかし今は、立派な家に住んでいる、高級な車に乗っている、いい会社に勤めている、そういう他人を“やっかむ”ようになりました」。

「昔を懐かしがったり、昔に戻りたがっているのではありません。今のほうが圧倒的にいい時代です。乳幼児死亡率からも分かるように、生活環境は格段と良くなりました。しかしその一方で失われたものがあり、それが価値のあるものなら伝えていかないと」。

節分、ひな祭り、端午の節句、七夕。子供にとって伝統行事は楽しみです。楽しむことを通して、感謝の気持ち、先祖や目上の人を敬う気持ち、周りを思いやる心などを自然と持つようになります。この本を通して村上さんは、伝統行事という私たちの財産を再確認するすべを、与えてくれています。

「価値あるものをどう伝えるかも重要です。若い人にいきなり、由来や起源を解説しても嫌がるだけ。本質は外さず、しかし興味を持ってもらえるようにアレンジしていく必要があります。そういう意味で、東京ディズニーリゾートの七夕イベントはさすがだと感じました」。

◆大事なのは、「幸福」ではなく「信頼」

「住宅や清涼飲料水のCMって、必ず人が笑っていますよね。すごく違和感を覚えます。そんなにしょっちゅう笑ってなくていいと、いつも思うんですよね」。

「笑顔のプライオリティが高い社会はあまり良くない。幸福に価値を持たせようとしているけれど、幸福は主観的なもの。人からどう見えていても、自分で幸福だと思えば幸福になれます。それよりも大事なのは、時間をかけて築かなければ得られない、信頼。この街も、信頼がベースになるといいと思います」。


まだまだ、ここで紹介しきれないほどの話が出てきましたが、講演会のレポートはここまで。

地域のメディアであるスパイスアップとしても、考えさせられることの多い内容でした。私たちの物差しは何なのか。そして、親から、兄弟から、お隣さんから、学校から、町内から、伝えられなくなっていくことを、どう伝えていけるのか。伝統行事の専門家ではない村上さんが「日本の伝統行事」を制作したチャレンジに、大いに刺激を得ました。


◆2017年は山内図書館40周年

講演会後、主催者である横浜市山内図書館の館長の古川たか子さん、および青葉区役所地域振興課の課長の功刀(くぬぎ)恵子さんに話を聞きました。

青葉区役所地域振興課 課長 功刀(くぬぎ)さんと横浜市山内図書館 館長 古川さん

横浜市山内図書館の開館は、1977年4月12日。40周年を迎える2017年度は、記念イベントがいろいろ企画されています。例えば2017年4月16日(日)は、山内図書館のマスコットキャラクター「やまちゃん」のお誕生日会として(やまちゃんも40歳!)、特別おはなし会の後に記念セレモニーが行なわれます(最新の情報は 山内図書館のホームページやメールマガジンなどでご確認を)。

また区役所でも3月下旬、1階の区民ホールに、音楽を楽しみながら本も読めるサロンスペースが新設されるとのこと。このように「青葉区民読書活動推進目標」に沿って、区内では本に親しむ環境づくりが進められています。

ひと月に読む本が「0冊」の人の割合は、全国平均の46.1%(文化庁による全国調査、2008年度)に対して、区内は26.1%(青葉区区民意識調査、2014年度)。全国平均よりも本に親しむ人が多いようです。

山内図書館の蔵書数は、市内では中央図書館に次ぐ多さです。図書の取り次ぎサービスや駅の返却ポストなども上手に使って活用しましょう。一人6冊まで借りられますよ。

○青葉区民読書活動推進目標
http://www.city.yokohama.lg.jp/aoba/00life/19culture/dokusho.html

柏木 由美子

柏木 由美子

かしわぎゆみこ(編集長) システムエンジニアを経て技術書籍や企業Webサイトの制作に従事。その後フリーランスに転向し、現在は兼業主婦としてIT企業を中心に取材・執筆を行う。地域活動として現在、通所介護(デイサービス)でのボランティアや、横浜市青葉区区民企画運営講座 「あおば川ガール森ガールになろう!」および定年退職後の地域参加をサポートする 「ボーイズクラブ」に参加。

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