ジリジリと陽の照りつける暑い日でしたが、天井の高い校舎に入ると、不思議とひんやりしていました。今回は 株式会社セミ・チャームドライフ・アソシエイツ新谷竜輔 さんからのご紹介、神奈川県立元石川高等学校 教諭、長島一浩(ながしまかずひろ)さんです。テニス部顧問の長島さんは、前日まで合宿に同行されていらしたそうで、日焼けしていらっしゃいました。

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◆楽しく仕事に打ち込んでいる人を高校生に紹介

音楽家・音楽プロデューサーの新谷さんを職業人講話の講師として高校に招き、高校一年生80人が新谷さんの話を聴いています。最近生徒たちに人気がある部活動は軽音楽とダンス。それは長島さん世代のカルチャーとズレていて、充分に指導できる教諭が少ない現実がありました。将来、どのような職業に就いていくのかイメージしにくい中で、新谷さんのキャリア講話やパフォーマンスに高校生も興味津々。長島さんは、高校生がそれまで出会うことのなかった職業観を体験できる場を創出しています。

「最近は進路選択について、いい条件、有利な方向を求め、功利的になっていて、人よりも地位・数値の向上を求める傾向にあり、人権的な意識が従来と違ってきています。極めて難しい状況です。お金と数値に寄らない生き方もある。色々な価値観があり、色々な世界があります。早く専門を決めない。人のネットワークがとても大切なのです。大人も人権的な意識をもち、成功体験ばかり話さず、長い目で成長を見守って欲しいと思っています」

“職業”について話してくださる長島さんの表情は穏やかながらも、親世代の職業観とは別の考え方に気付く鋭いお話しでした。「しかし生徒たちも、親を説得できなくて道が拓けますか?親と違う価値観を持っていたら、自らが人のせいにしない進路決定をしなければいけません」と厳しい発言も。長島さんは、多様な選択肢を提示しています。

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柿生高等学校(統廃合で現・麻生総合高等学校)─港北高等学校─田奈高等学校─元石川高等学校と勤務されている長島さんは、独自の切り口で講師を招聘し、生徒たちに職業観を伝えてきました。田奈高等学校に勤務し、職業体験先を探していた2008年、国際フード製菓専門学校の吉田先生の紹介で、地元横浜市青葉区の ベーカリーカフェ COPPET(コペ) の奥山誠さんと出逢いました。そして卒業生の就職先の1つである 髪工房 の横浜晃治さんも職業体験の受け入れに賛同。長島先生の担当されるキャリア教育は、生き生きと地域発展のため活動される奥山さんと横浜さんの力と合流し、企業の立場からも社会の未来・生徒たちの将来を考えるチームとして広がっています。

「新谷さんの“パフォーマンス”、奥山さんの“食・ベーカリーのものづくり”、横浜さんの“お客様をプロデュースする理容技術”。いずれも“志”は同じだと思うんです。とにかく、人生が楽しそうで、充足感に満ちあふれている感じがしませんか?」 私もそう感じていました。常に更新することを忘れないプロの仕事や、快活に生きる迫力は、職業現場を伝えようとする長島さんの“場づくり”によって、高校生にダイレクトに伝わっています。

◆歴史は科学!?好きな道を進むことと、人の出逢いが道を拓くこと

友達と野球を楽しみ、ザリガニ捕りをするなど、外遊びと生き物、昆虫野鳥生物が好きな少年時代を過ごし、学生時代は生物分野に進むつもりでいた青年は、ゼミの師匠とプロの研究者、2人の教授との出逢いがあり、歴史、特に日本史の世界を研究することになりました。

歴史の学会に所属し、現在もライフワークとして平安時代を研究され、平安時代の文化や貴族の生活のようすなどを紹介した絵本『平安京ものがたり (絵本版おはなし日本の歴史 7) 』(岩崎書店, 2014年3月)を執筆されています。歴史的な用語にはふりがながふられ、意訳しすぎない表現で書かれていました。時代背景も含めて、教科書とはまた違う切り口で歴史に興味を持つきっかけとなる本に違いありません。

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「歴史は科学。ボーダーレスで国際的。エリアを限定した21世紀の歴史は意味を持ちません。どう理解されるのか。歴史解釈をどう考えてもらえるか、どう学んでもらうかです。教えることは学ぶこと、学ぶことは教えること。考え方を押し付けるのではなく、最新の成果を取り入れ、客観性も、生徒からのアウトプットもたいせつです」。高校は一方的に先生が授業をしている、そんなイメージで捉えていたのですが、大学のゼミのようですね。

j0510「自分からやりたいと思ったものが本当の勉強です。自ら求めていくものです」。直球で教えるのではなく、幾通りもある学びへの道筋を拓き、たとえ回り道だとしても黙って送り出して体験を見守り、ヘトヘトになって帰ってきたら、おかえり、とちょっと肩をすくめてポンポンとたたいて迎えてくれるような、そんな役割を長島さんは担っていらっしゃるのかもしれません。

◆山と海の怖さに挑戦、その神聖で絶対的な力について

天候・積雪状況に恵まれて2月の富士山登山に成功し、山小屋のオーナーからも、まずありえない幸運と言われたことがあるそうです。山は、そのエリアに入る感謝と畏怖を感じながら登山する必要がある。海も同じでスキューバダイビング時に「なぜここに人間がいるのだ?」とマグロにジロリと見られたとのこと。これはすごい体験ですね。山にも、海にも、人間がいることがおかしい時期、絶対的な自然の力を感じる場所があるそうです。困難を克服する登山、山と生きてきた歴史があり、親しい先輩が山の事故に遭われ命を守ることの大切さを経験されています。登山は神聖で、山を愛する郷土心があっても、思い通りに行かないような人間の無力を感じるエリアでもあるのですね。そして「山には登らせてもらう」気持ちを持つことの大切さを再認識するべきである、と話してくださいました。

◆自分から働きかけていくと世界が広がっていくもの

初任校の柿生高等学校に赴任された時のことです。テニス部創設に経験の無い長島さんが顧問に誘われ、それをきっかけに あざみ野ローンテニスクラブ に通いテニスを習い始めたところ、テニスのおもしろさに目覚めたといいます。怪我などでいったんは遠ざかっていましたが、元石川高等学校では担当されていた教諭の異動に伴い、再び顧問を担当することになりました。

「30代は弱気だったのですが、自分から働きかけていくと、世界が広がっていきます。現在担当している元石川高等学校女子テニス部メンバーは選球眼が良く、県でベスト32になりました。絶対勝てないと思うような相手に対しても悪あがきするプロセスがおもしろいですね」。オトナはある意味死んでいるところがある。どこか諦めていて、考えを止めている。しかし、高校生はその部分について、死んでいない。懲りずに立ち向かっていく力がある、と。

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「部活動は目的意識を持ち、勝利にこだわることが大切です。責任感やモラルを持つこと。危険なことについては命がけで注意します。しかし、生徒たちには遊びたい気持ちと苦しい練習の間に葛藤があり、面従腹背なところもあると思うのですが、続けてほしいですね」。怒らなければならないようなときも感情的にならず、寛容であることが大事。話してわからないことはありません、とニコリ。

でも先生、頭では理解していてもなかなか難しい部分です。子どもが物事に取り組んでいる時に体験する苦しいプロセスを、ドンと構えて受け止めるには、大きな器を持つと同時に両目をつむって子どもを信じる力も必要です。しかも、面従腹背な現実を感情的に叱責しないで結果を待つことができるでしょうか?山や海の、何を持ってしても抗えない力を知っていらっしゃるからできることなのでしょうか。

「良いことは生徒の出した結果です。悪いことは先生が原因。弁解は醜いですからね」。出た結果について、人のせいにはしないにしても醜い弁解ばかりしてこなかったか。大人として、親として振り返ると胸にグサリと刺さるお言葉でした。

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j0506◆教員の力の向上は生徒に還元されていく

先生として大人数の高校生の力を受け止めるには、熱さと同じくらいの冷静さを合わせ持たないと勤まらない職業なのではないかと感じました。未踏のジャンルに挑戦してご自身の経験値を広げる努力も怠らず、絵本の執筆のように、わかりやすく、専門性の高い分野の知識を伝えていく発信もする。しかし“品行方正な先生”の枠内には納まらない、ちょっとニヒルな歴史研究家が元石川高等学校にいます。「実は母が教員でしてね。絶対に教員にはならないと思っていたのですけれどねえ…」

土曜日の午前中、コートで練習に励む後輩の応援に来校した、テニス部OGの大学1年生数人に囲まれている長島先生の姿がありました。


(この記事内の数値データ、組織名、役職名、製品・サービス内容等は、取材時の情報です。)

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